モンゴルのウランバートルに在住の青山大介さんから、当会の理事の鈴木が作成に協力をしたモンゴル語の将棋入門書が送られてきました。右はその表紙の写真です。
モンゴルは、独自の文字がありますが、旧ソ連、ロシアの影響が強かったのか、キリル文字が使われているようです。(ロシア語のできる者によれば、キリル文字ですがロシア語ではなく、モンゴル語とのことです)。
このモンゴル語の将棋入門書は全部で59ページで、駒の初期配置、駒の動き、成りの説明、棋譜の読み方、詰みの概念、禁じ手、簡単な詰めと必死の問題、囲いの実例などが豊富な図面入りで説明されています。今後の同国における将棋の普及にとって、本書が出版されたのは大きな出来事だと思います。
第3回モンゴル将棋大会が先週末の1月30日と31日の二日間にかけて行われました。この将棋大会は、在モンゴル日本大使館のページでも告知をされていました。
現地で将棋の普及にあたっている、トムルバートル・デレグさん、青山さんから、大会の結果、様子と写真をいただいていますので、紹介いたします。まずデレグさんのメールから。
昨日(1月31日のこと)、「第7回日本国大使杯囲碁大会」と「第3回モンゴル将棋大会」が首都ウランバートルの第84小・中・高学校で行われました。 大成功でした。囲碁大会には50人ぐらい参加しました。将棋大会には、 Aリーグには28人、Bリーグには
39人が参加しました。AリーグにErdenebaatarさんが優勝しました。 2位はBayarmaaという女の子でした。結構がんばりました。青山先生の弟子みたいで、 注目を集めました。3位は去年の大会の優勝者でした。彼は、 こんな競争になると思わなかった、次回は優勝します、とステージの上で宣言しました。
城所日本国大使は8歳の男の子と将棋さしましたが負けました(大会じゃないです)。
Bリーグで84学校の男の子が優勝しました。両親たち、学生たち、関係者などたくさんの人に来てもらってとてもにぎやかでした。 両リーグはスイス式でやりました。
コンピュータの関係者など大会担当者が10何人でした。青山先生は審判長を勤めました。 セレモニーの青山先生に学校から表彰状が送られました。青山先生の方から写真などは送られると思います。 私も報告を続けます。
これからAリーグの大会とか色々な大会の開催を考えていますが、昨日
大使に「こんなに盛り上がってきたので大使杯のことを考えましょう」 と私が言ったら大使は満足そうに「はい、はい」とおっしゃいました。 これから囲碁、将棋と大会と活動は別々にして行きます。
とりあえず、以上ご報告まで。トゥムルバートル
続いて青山さんのメールからです。
第3回モンゴル将棋大会(2010.1.30-31) 結果(概要)
会場:第84学校(モンゴル・ウランバートル市バヤンズルフ地区)
参加者総数:63名(女性5名)
(内訳:小中学生47名(女性4名)、高校生5名(女性0名)、大学生3名(女性0名))
方式:中・上級者グループ(A)と初級者グループ(B)に分け、スイス式にて実施(7回戦)。持ち時間はなし。ただし、 試合進行の関係上、 40分を経過しても終わらない場合は一手30秒以内の秒読み。
入賞者名
Aグループ
1位 G.エルデネバートルさん(37歳、男性)7勝
2位 O.バイルマーさん(15歳、女性)6勝1敗
3位 T.バトボルドさん(20歳?、男性)5勝2敗(プレーオフ優勝)
Bグループ
1位 Ts.ダラムバザル君(12歳)6勝1敗(プレーオフ優勝)
2位 O.ビャンバジャルガル君(13歳)6勝1敗(プレーオフ2位)
3位 D.オチルバト君(13歳?)6勝1敗(プレーオフ3位)
将棋を世界に広める会では、正月休み明けに、モンゴルで将棋を普及しているトムルバートル・デレグさんに30セット、青山さんに20セットの駒を送っていました。多くのモンゴルの方が参加したこの大会に間に合ってよかったです。
当会理事の鈴木良尚が6月に私費でモンゴルを訪れました。そのレポートをお送りします(「かけはし」メールマガジンの7月号でお伝えしたものに写真を補足したものになります。)
<モンゴル訪問レポート>
将棋を世界に広める会はこの度、新しく立ち上がったモンゴル将棋協会が日本将棋連盟海外支部の一つとして、申請登録するために、重要な手助けを行いました。そのモンゴル将棋協会会長に就任したトウムールバートルさんの、現地でのお世話により、6月10日出発22日帰国というスケジュールで、モンゴルへの将棋の普及、及び、選手の技術指導を目的に、主にウランバートルを中心に訪問して参りました。
ハイライトは13日に行った将棋の講習会ですが、以下の形式で行われ、事前に現地の新聞にも一部予告されていました。
主催 : 在モンゴル日本大使館、及び、モンゴル将棋協会
協力 : 世界に将棋を広める会
後援 : 日本将棋連盟、及び、JICAモンゴル日本センター
また、在モンゴル大使館のホームページでも告知をしていただきました。
城所(キドコロ)特命全権大使をはじめ、日本語を教えている学校関係者やチェスクラブの関係者に「チラシ」が配られた結果、70人ほどが集まり大盛況で終りました。
<講習会会場入り口の看板>
<講習会で詰将棋に挑戦する子供、右がトウムールバートルさん>
大使は3月にサンクトペテルブルグの総領事から着任したばかりだそうで、大使主催の夕食会にも招かれ、次回に行われるモンゴル将棋大会には、日本大使杯を出して頂けるということで、トウムールバートルさんも大喜びでした。
梅田望夫氏の「シリコンバレーから将棋を観る」を私が帰国後に大使に送る約束をして来ました。
将棋事情で驚いた事には、これまでにも全くの個人,あるいは、JICA派遣の日本語、その他、テレビ技術等のシニア・ボランティアで、たまたま将棋を知っている日本の人達が教えていたりして、あちこちにパラパラと将棋を既に知っている人が点在し、強さはともかく、興味を持っているモンゴル人が思ったよりは、沢山いた事です。囲碁の先生から将棋も教わったというチェスの選手も居ました。人口の割には、チェスのグランドマスターの比率が多い国だそうですが。
中でも注目されるのは、モンゴルで日本語を教えているトップクラスの第84学校では最近、将棋4段の青山さんという外交官補(来年文化担当の3等書記官就任予定)を呼んで将棋を教えるようになり、多くの子供達が将棋を始め出したという事実です。(青山さんは目下モンゴル語で将棋の入門書を執筆中で、色々な質問や相談を受けました)。学校内で大会を開き、「将棋を世界に広める会」カップを作ろうとも言っていました。また、会のために、生徒が作
った額縁入りのモンゴル風紙切り絵を頂戴しました。
<エリート校第84学校での7面指し指導>
そして、今後校長先生の「肝いり」で、日本の学校と将棋で提携して生徒達の文化交流に役立てたいので、将棋の盛んな日本の学校を是非紹介して欲しい、という熱心な要望を受けました。将棋ではありませんが、既に、昨年度は2名ほど日本に派遣した実績が有る学校です(多分、日本語研修だと思われます)。
また、JICAの石田所長とも面会をしました。、将棋を教えるシニアボランテイアについても考えられる、という前向きな姿勢を示して頂けました。これなら私費でなく行けます。それには、将棋に対する現地の盛り上がり方が重要で、今度の将棋の講習会が盛況であったことや、大使館の取り組みが積極的であったことが、良かったらしい、と、以前トウムールバートルさんが一人で面会した時より雰囲気がかなり変ってきた、との言がありました。石田所長は、
「シリコンバレーから将棋を観る」本の事を話すと、自分でメモをとっておられました。
<JICA石田代表に将棋のシニアボランテイアの創設を打診>
ネットで将棋を指しているエルデニバートルさんは、私と2枚落ち、バギラ君は4枚落ちで、ドッコイでした。囲碁の先生から将棋を教わって、何回かやるうちに、何と、その日のうちに先生に勝ってしまった、という伝説のあるサンサル君(26歳)は、2枚落ちでは上手がキツイ感じで(勝負は、上手勝ち1局、上手入玉1局ですが)、こちらも真面目に考えると疲れるので(本人は昼間働いているので、いつも夜9時ころホテルにやって来る)、もし、飛車落ちで勝ったら初段認定する、と言ったら大張り切り、こちらは大駒一枚あれば、と気楽にやっていたら、何と、金の丸損で飛車に成られて大慌て。
<右がサンサル君(26歳) ー 写真は2007年撮影で鈴木に送られてきたもの>
急遽、守りを固めて桂損までに持ち直したところ、飛車角を切って、と金でヒタヒタと迫ってくる。下手は穴熊に囲っているので、上手も攻める速度が遅くなり、ヘタに急いで飛車角を切ったりすると、それを使われて上手玉が逆に詰んでしまいそう。何とか1~2手違いで初段免許不合格に持ち込んだが疲れました。この人は、囲碁4段で前述の静岡に来た人でした。囲碁の成績は4勝4敗で69人中28位だったとか。どうやら、現在は、この人が一番強いと思われます。
他に、モンゲニというチェスの特殊教育学校があり、1ヶ月間の夏季合宿の前に訪問して、20人くらいを前に、ここでも簡単に将棋の講義をしましたが、チェスの先生が異常に興味を示し、自分でいろいろ駒を動かしてみたりしていたので、盤駒1セットを贈呈してきました。前述の84学校は、ここに対抗して、将棋の方で特殊教育学校にして、将棋の夏季合宿なども行いたい、のかも知れません。
<チェスのエリート教育で有名なモンゲニ学校にて将棋のPRモンゴルではチェスが盛ん。1ヶ月のチェス夏季合宿の直前に訪問。最前列右端はチェスのグランドマスター72才>
ウランバートルの南に近接するトウブ県の町にも、将棋の支部があり、そこでも10人ほどの子供達が将棋を指していました。こちらの方は、まだ初心者で、チェスのように、桂馬を先に飛び出したり、飛車角をやたらに振り回していたので、もっとゆっくり、駒組みを作ってから戦うようにと、平手3面指しをすると、よくこちらの真似をして、金銀を先に動かすようになりました。モンゴル将棋協会のメンバーでこの地方出身者がいるので、その人が指導しているそうです。
<モンゴル草原で正装でモンゴル名人戦(?)の対局>
モンゴルでの問題点は、現在、集まる場所が無いことです。以前、囲碁選手の集まる場所があり、そこで、シニアボランティアの人が将棋も教えていたそうですが、建物が取り壊しになり、部屋を借りるのもお金がかかるところが、差し当たっての緊急課題のようでした。
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