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特別企画 独占インタビュー 谷川浩司 九段 (永世名人)『将棋と人間』(48号、2009年11月22日発行)

 突然、京都在住の池谷孰理事から、「谷川先生のアポイントを取ることに成功した」との電話が入りました。思いもよらぬ朗報に、急遽、新幹線に飛び乗り将棋連盟関西総本部に向かったのです。着いた3階の応接室には、谷川浩司九段(十七世永世名人)のにこやかな笑顔が待っていてくれました。インタビュー内容を報告します。
 尚、掲載された全ての写真は、京都在住の大蔵康浩会員の撮影によるものです。(文責 編集部 松岡信行)

松岡 昨年、横浜で行われた京急の「将棋祭り」にお越しくださり、有難うございます。横浜に谷川先生が来られるというので、凄い熱気に包まれました。改めて先生のフアン層の厚さに驚いた次第です。

谷川 横浜は初めて伺ったものですから。

松岡 いえいえ、決してそれだけではないと思います。谷川先生と言えば、数々の伝説に包まれている程なのですから。先ずは、この辺りからお聞きして行きたいと思います。
     将棋をはじめられたきっかけが、『兄弟喧嘩』を無くす為に、お父様が薦められたと言うのは本当なのでしょうか。

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谷川 仲が悪かったからの事ではなくて、逆に仲が良すぎることから起ったことだと思います。4、5歳ぐらいのことですから、私もあまり記憶がないことです。ただ、父が将棋盤と駒を買ってきてくれたことは確かです。

松岡 先生は、将棋を百科事典で覚えられたと言うのは本当でしょうか。

谷川 父も昔に覚えたので、ルールなどに自信が持てなかったようです。将棋の歴史なども書かれていました。祖母に将棋を教えたくて持ち運んでいたようです。百科事典は今も手元にありますが、将棋の項目のページだけが汚れているのが分かります。

松岡 4、5歳の子供が、百科事典ですか。とても信じられないことですね。将棋の才能も順調に開花し、中学2年生でプロ棋士に。その頃の心境はどんなものだったのでしょうか。

谷川 まだ、プロとしての実感があったとは思えません。ただ、一生将棋を指していけるという喜びは心に残っています。1、2年して、プロの意味が分かってきました。

松岡 高校生になった頃ですか。

谷川 一つは、中学三年の時です。序盤で大きなミスをして、普通、夜中までかかる将棋が、持ち時間を残して4時ごろに終わってしまったのです。勝ち負けは別として、プロとなったからには、与えられた条件でベストを尽くさなければならないと自覚しました。もう一つは、高校一年の頃、C級2組の順位戦で、最初7連勝し、あと3局の内1勝すれば昇級できるというところで連敗したのです。最終局もかなり厳しい状況になったのですが、やっとの思いで、勝ち切ることができました。この二つのこと、プロの自覚と勝負の厳しさを体験することによって、本当の意味でプロ棋士になれたのかな、と思っています。

松岡 楽しいから指しているという世界から、責任ある世界へと踏み出したということでしょうか。

谷川 この二つのこと、殊に厳しい勝負は誰しも経験するのですが、早い時期に、一番良い時期に経験することができたのではないでしょうか。

松岡 21歳の名人誕生に結びついたと思われますか。

谷川 ええ、確かにそうも思いますが、普通、他のタイトルを先ず取り、それから名人になるのですが、私の場合は、最初のタイトルが名人であったわけです。中原先生の時代が長く続き、新たな息吹を求める、時代の波とか、勢い、に乗れた名人獲得でもありました。

松岡 「光速の寄せ」は、先生の代名詞でもあるように、新たな感覚が時代を突き破ったと思えるのですが。先生の、将棋に接する態度とはどのようなものなのでしょうか。

谷川 将棋をどのように見ているかで、感じ方が違って来ますよね。現在は、定跡なども整備されて、多くの道しるべなどができています。多くの研究がなされていますが、それが絶対だと思うと将棋が狭くなってしまいます。情報は取り入れて、よく調べておくけれども、実際の対局や局面を見るときには白紙の状態で見る事ができるかどうか。難しいことですが。

松岡 私は大学では生物学を学んだのですが、教授に言われた、『実験室の心得』と通じるものを感じますね。

谷川 七年前、河合隼雄先生と対談をする機会に恵まれました。その席上、棋士というのは、三つの顔が必要だと感じる、と話したことがあります。一つは研究者、一つは芸術家。もう一つは勝負師だと。大変に共感してくださいまして、心強く思っています。

松岡 普段、将棋に向かう態度でもあり、一局の将棋の態度でもあると言うことですか。

谷川 三つのことを自然に持っていて、自然に表現できるということが理想なのでしょう。ですが、対局に向かうときには、研究の途中でも結論は付けておかないと自信を持って対局に臨めないという面もありますし、芸術的な美しさを求めても、勝負としてはうまく行かないこともあります。何しろ将棋というのは、単純ではありませんから。

松岡 羽生先生が若い頃に谷川先生と対局して、こんなにも早く谷川先生が終盤を意識しているのか、と感じたそうです。

谷川 詰将棋も好きなものですから、終盤の入り口あたりから詰む形をイメージして、イメージを具体化するために局面を作っていく傾向はあります。それが、他の棋士より詰め形を考えることが早かったのかなという想いはあります。

松岡 谷川先生は、早くからISPSの会員になられ、常に暖かく活動を見守ってくださっています。理事長も深く感謝しているのですが、今までの活動状況をどのように受けとめられていますか。

谷川 発足14年ですね。先ずは長期に亘って活動されていることが素晴らしいと思います。海外に行く度に、将棋人口の厚みが増していることを感じています。昨年、天童で行われた国際将棋トーナメントで、ベラルーシの方が2位に入りました。ヨーロッパやアメリカの方が強いという印象があったので、意外に思えました。世界の将棋の層が厚くなって来ている証拠ですし、世界大会の結果などを見ると、参加者全体が大変に強くなって来ています。ISPSの成果が浸透してきていることを示すものだと思っています。

松岡 池谷さんがウクライナに行かれたときの報告の中に、ベラルーシ関連の話もあったと思いますが。

池谷 ウクライナのリフネに行った時に、ベラルーシからも参加されていました。ロシアのサンクトペテルブルグでは、学校で教えてもいますので、ロシア語圏でも層が厚くなって来ているかも知れません。

松岡 ここにロシア語で書かれた将棋の本があるのですが、前半部分は、谷川先生の「光速の終盤術」を訳したものだと聞いています。

谷川 昨年の天童でも、この本で勉強したという話を聞きました。私自身としても思い入れのある本です。様々に翻訳されているようで嬉しいことではあるのですが、もう、20年も前のものですので、その後、翻訳されたものが少ないのかなとの思いがあります。著作権の問題もあるかと思うのですが、柔軟な対応がなされるといいですね。梅田望夫先生の本などは、自由な翻訳を可能にしていますから。

松岡 すぐにプロジェクトチームが湧き上がり、出版から、翻訳まで十日ほどで終了したと聞きました。今後、海外普及に大きな役割を果たすのではないでしょうか。と言いましても、海外普及に関しては、様々なスタンスの方がおられます。先生は、海外普及に関してどのような考えをお持ちですか。

谷川 それぞれの立場で、自分たちができることをするということだと思います。私自身、海外で対局を多くしてきましたが、行ったところでは、将棋への関心が強くなってきます。また、連盟では三年に一度国際フェスティバルを開催しています。
 個人では、YouTubeの動画があれほど多く作られているのに驚きました。初歩の部分のアクセス数が非常に多いですね。

松岡 動画を作られたのは、静岡にお住まいの方です。昨年、ISPSの会員となられました。お蔭様で、多くの人材が次々と新たな会員になられています。ISPSの組織化を進め、力を結集していければと思っています。

谷川 色々な方が、それぞれの立場で、というのが発展の原動力となると思います。パリに本間六段を派遣できたことも連盟として大きかったのではないかと思っています。

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松岡 話題をかえますが、本年度、棋士会の会長に就任されました。不勉強で申し訳ないのですが、棋士会というのは、連盟の中でどのような位置づけなのでしょうか。

谷川 今までは、男性棋士と、女流棋士とは別の組織のものという感覚で捉えられていた傾向があります。これからは、一緒のものとして行こうというものです。当然、対局などは違いますが、普及などに関しては一つの組織として行動していきます。子供さんへの普及の面では、女流棋士の方がいい場合が多いですしね。棋士会主催のイベントなども開催しましたが、4月に始まったばかりで、まだ、きちんとした形にはなっていません。ただ女流棋士と男性棋士が同じ場で意見を出し合うという機会は今までありませんでしたので、問題解決に一つのきっかけを与えるものだと思います。互いに協力していくのは大切なことでしょう。

松岡 女流棋士の存在には、四段制度との関係があって、難しい問題を抱えているのではないかと思いますが。

谷川 厳しい三段リーグを抜けて初めて四段になるわけです。その意味では、男性・女性両方平等に門戸は開かれています。ゴルフなどでも、プロは何千人もいるのですが、実際、トーナメントプロとして生活している人はあまりいない。どちらの組織がいいのかは分かりませんが、これから模索していくと言うことでしょうか。

松岡 棋士としての生活保障は、子供達に、特に親御さんにとって、非常に魅力あるものです。将棋普及に欠かせない要素だと思っています。また、棋士に対する高潔なイメージは、将棋を教育に生かそうとするものにとって、欠かせない要素でもあるのです。このイメージを定着されたのは、谷川先生の功績の一つだと思っているのですが。

谷川 自分のことはさておき、将棋と教育という面ですと、現在は、東大はじめ、一流の大学を卒業した棋士が増えてきています。私たちの頃には考えられませんでした。将棋によって思考力であるとか記憶力であるとか、決断力・集中力、色々な力が身に付いたということでしょうか。

松岡 将棋に向かう態度は、同時に、学業などに向かう態度を育てることができるということでしょうか。

谷川 将棋に向かう子供の頃の習慣が、学業の中にも生かされて行ったのではないかと思います。将棋を学ぶことによって、様々な力が身についてくると思うのですが、少なくとも、このような力を一つでも身につけておけば、壁に突きあたった時、突破する力となって行くと思います。

松岡 指し将棋とは別に、谷川先生には、詰将棋の世界でも実力者として知られています。詰将棋を海外普及という視点で、見て行くことはできないでしょうか。

谷川 詰将棋というのは、簡単なものは将棋の上達の上で大切なものですが、詰将棋には芸術的なものがありまして、しかも、図面と解答だけがあれば、解説はあまりいりませんから、日本語が読めなくても分かると言う面があると思います。

松岡
 普及の一方の力となる可能性を秘めていると。

谷川     インターネットのYouTubeに「煙詰」なども入っていましたが、あまりアクセス数が多くなかったのは残念でした。ルールを知り、詰める手法を知った外国の方が「煙詰」などを見たら、皆さんきっとびっくりされると思います。あの「煙詰」が、江戸時代に創られた物だという点も、驚きを与えられると思います。

松岡 今後も詰将棋に関わっていくのでしょうか。

谷川 本業に差しさわりのない程度に、関わって行きたいと思っています。江戸時代に、時の名人が献上百番を残しましたので、私も、そのようなものを残したいと思っています。かなりの長編になりますので、あまり一般向けにならないのですが。

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松岡 将棋とインターネットとの関係はいかがでしょうか。

谷川 インターネットの発達の関係で、公式戦を含め、多くの棋譜をリアルタイムで見ることができるようになりましたので、海外で突然に強い人が現われるということが考えられますし、自分では指さないけれど、凄く将棋に詳しい外国人が出てくる可能性はありますね。観戦の好きな方が増えてくれば、私は誰々のファンだという外国の方が多く現われる可能性があります。
 ただ、やはり将棋の楽しさというのは、人と人との交流にあるのです。しかも、将棋は言葉が通じなくとも交流ができるわけですね。将棋連盟としても、昨年の国際フェスティバルのようなものを開いて、将棋の楽しさ、交流する楽しさをそれぞれの国に持ち帰ってもらうことを願っています。ISPSとしても、人的な関係を多く作っていただいて、将棋の楽しさを、一人でも多くの方に伝えていただければと思います。

松岡 三年程前のことですが、100チームほど参加した神奈川県の小中学生の大会に、ウクライナの子供の1チームが参加したことがあります。ウクライナの子供だけでなく、日本の子供たちが本当に嬉しそうな顔をしていたことを思い出します。

谷川 きっと、子供の頃に外国を経験すると言うことは、大きなことだと思います。1990年の竜王戦でフランクフルトにいったのですが、私にとって初めての外国でした。非常に強く印象に残っていますね。

松岡 最後になりました。個人としてどうしても聞きたい事があるのです。先生にとって羽生世代というのは、どのように映っているのでしょうか。大豪の中原先生をやっと破った時、ふと後ろを振り返ると、様々な得物を持った精鋭たちが集団で襲いかかって来た。そんなイメージを持っているのではないかと、勝手に想像しているのですが。

谷川 そのようなイメージは全く持っていません。集団が生まれる切っ掛けを与えたのは私だとも言えますし、優秀な人材が集まることで、その世界が繁栄するわけですから。

 数々の伝説に囲まれている谷川浩司十七世永世名人。様々な内容に言及されましたが、一貫していたのは『将棋と人間』の関わりでした。
 棋士は、「研究者であり、芸術家であり、勝負師である」と。それぞれの大きさとバランスが重要であると。おそらくは、自分自身に言い聞かせるものであると思うのですが、棋士がそうであることを願っている部分も含んでいるのでしょう。この言葉に、ふと、中島敦の小説『悟浄出世』の一文が浮かんできました。「何故、妖怪は妖怪であって、人間ではないか? 彼らは、自己の属性の一つだけを、極度に、他との均衡を絶して、醜い迄に、非人間的な迄に、発達させた不具者だからである」。
 もともと将棋は勝負を争うもの。その属性のみに邁進することを諌め、人間としてのバランスには、研究者・芸術家の要素が是が非でも必要なのだと言われたような気がしています。おそらく、心理学者の河合隼雄氏もこれを絶賛されたのでしょう。谷川先生の『内なる芸術性』は、二人で創り上げる「将棋の世界」を超え、己の世界、「詰将棋」に誘うのかもしれません。
 国内にしても海外にしても、将棋を普及する活動の内に、人間同士の繋がりや人間と将棋との繋がりに思いを馳せていることが、言葉の端々から感じ取れました。きっと、谷川先生にとって、将棋は自身の陶冶の道であり、人間陶冶の良きパートナーとして映っているのではないでしょうか。これを世界に広めることを、ISPSに託されたとの思いを強くしています。
 インタビューが終わりふと浮かんだ言葉は「八面玲瓏」。道服と白羽扇が最もよく似合う方だと思うのは、決して私だけではないでしょう。
 運営の雑事に惑うことなく、将棋の道を歩まれることを願って止みません。

モンゴル将棋探訪記(48号,2009年11月22日発行)

 ISPSメールマガジン8月号で速報をご覧の方には重複する面も多いが、今年(2009年)の6月約10日間ウランバートルを中心に行った将棋の普及と指導の活動につき、概略を紹介してみよう。

 モンゴル囲碁協会にトウムールバートルさん、という会長が居られ、この方のことは「かけはし」第47号に詳しく紹介されているが、この方がモンゴルに将棋協会も設立したい、という希望を持っておられ、一昨年、昨年と、大きな囲碁大会に併設して、試験的ながら2度続けて将棋大会も行っていたことがわかった。

 何故モンゴルに将棋を指す人が居たかというと、一つにはJICA(日本国際協力機構)のシニアボランテイアで、囲碁を教えに派遣された方が、ついでに将棋も教えて帰ったということや、同じくシニアボランテイアとして、ラジオテレビ技術大学で編集技術を教えに行った方が、何と以前テレビで鹿島杯女流棋戦の製作プロダクションを担当された将棋の好きの山崎さんその人であって、トウムールバートルさんに頼まれて、何ヶ月間か将棋を教えていた、ということなどがあったからである。

 その他に、ISPSの手助けでインターネットを通じて将棋を指している人達も居り、今回、日
本大使館主催で、私が将棋の講習会を開くに当たり、将棋に興味のある人達が、一堂に会する機会が生まれ、一つにまとまったモンゴル将棋協会が誕生するに到ったのであった。

 昨年、天童で行われた国際将棋フェステイバルに、モンゴルの参加は無かったけれども、この次からは、必ず代表が参加出来ること間違いない。

 モンゴルでは日本の大相撲での力士の活躍のこともあり、今や日本ブームである。小学校2年生から日本語を教えるエリート校も出現した。その一つが第84学校で、在モンゴル日本大使館勤務の近々文化担当になると期待されている青山外交官補を招き、将棋の部活動を今年から開始していた。

 青山さんは高校時代に将棋に熱中したと語って居られ、新聞の段級位判定試験では4段位を取得したという棋力の持ち主だから、将棋の先生としては申し分ない。モンゴル語で将棋のルールブックや指導書を執筆中とのこと、いろいろ相談を受けた。

 この学校の校長先生は生徒の国際交流に熱心で、将棋の提携校を日本で探して欲しいと頼まれた。モンゴルでは全て小中高一貫校なので、日本でもそのような学校が望ましい。前記講習会の出席者約70名中、第84学校関係者が4割に近かったことは、その熱心さをよく現している。

 モンゴルには他にチェスの部活動に特化しているモンゲニという学校があり、夏休みに1ヶ月間チェスの合宿が有るという。ここでも約10名ちょっとのチェスの先生と生徒を相手に将棋を紹介し、チェスの先生には大いに興味を持って頂いた。チェスはモンゴルで人気があり、強い選手も多勢居るので、将棋が普及出来る素地は充分に有る。

 チェスの合宿は田舎へ出掛け、太陽の光を浴びながら大草原の上でも行うらしい。一度、「モンゴル将棋の旅」として称してゲル(テント)に泊まり、広い草原の上で対局する機会を作るのも一興かな、と想像してみたりした。

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 更に、JICAの責任者である石田代表に面会し、将棋を教えるシニアボランテイアを募集して欲しい、とお願いしたので、誰かISPS会員で無くとも、会社を定年退職した方で、やってみよう、という方は居ませんでしょうか?

 現地で生活出来る程度の手当ては出るようですから。早速、来年4月をメドにして手を上げて欲しいものです。(鈴木良尚)
(註:将棋ペン倶楽部第52号には、もう少し詳しくモンゴルの記事を掲載してあります。)

モンゴル第84学校で指導する鈴木良尚理事

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人物紹介コーナー - ライエル・グリンベルゲン教授(48号、2009年11月22日発行)

前回から、新たな企画として立ち上った、『人物紹介コーナー』。今回は第2回として、ライエル・グリムベルゲン氏を紹介します。

 グリムベルゲン氏と言えば、既にご存知の方も多いことと思います。「将棋世界」や「週刊将棋」への寄稿も数多く、ヨーロッパでの将棋の強豪として知られ、将棋ソフト「SPEAR」の製作者。そもそも、古くからのISPSの会員でもあります。今回、八王子にあります、勤め先の東京工科大学の研究室に伺い、インタビューをしました。

 それでは、ライエル・グリムベルゲン教授を紹介いたします。

 八王子のみなみ野駅近くにある、東京工科大学。広いキャンバスに立派な校舎が立ち並んでいる。コンピュターサイエンス学部・グリムベルゲン教授の研究室は、キャンパス中央にある、まるで円弧の一部を切り取ったような形の研究棟Aの八階にあった。訪れたのは、8月下旬。学生の姿もまばらで、静かさに覆われた研究棟。殊に、八階のフロアーは静寂そのもの。足音だけが響く。やがて、ドアーの表札に教授の名前を見つけ、気息を整え、ノックした。
整った姿。顔立ち。目からは気品と共に優しさが漂ってくる。オランダ出身、42歳。大学では、人工知能・認知科学・ゲームプログラミングの講義・研究を受け持つ。将棋も強い。オランダチャンピオン6回、ヨーロッパチャンピオン3回。現在、四段の腕前。

「いつ、将棋を覚えられたのですか」と、先ず最初に聞いてみた。

「ナイメーヘン大学、1年のとき。たまたま将棋を知っている人がいて、将棋を教わりました」

 大学に将棋を知っている人がいたことも不思議だが、覚えてから2年ほどで初段になったそうだ。上達の早さに驚くと、「元々、チェスをやっていましたから」と、こともなげに答えられてしまった。

「なぜ、将棋にそれほど興味を持たれたのですか」との問いに、

「将棋がゲームとして優れているからです。『取った駒を味方として使う』、このコンセプトがとてもユニークだと思いましたし、チェスでは、終盤になるにつれて次第に駒が減って行ってしまうのですが、将棋は減りません。最後まで複雑さが持続し逆転の可能性が非常に高く、エキサイティングなのです。この魅力に取り付かれました」との答えが返ってきた。

 人工知能への興味は、人間の認識の問題と繋がっているらしい。子供はどうやって認識を開始しているか。人々はどのように物事を認識しているのか。コンピュータプログラムの作成の過程で、人間の認識の問題に迫ることができるのではないか。このような問いが研究の根底を占めているようだ。

「現在、先生は将棋のゲームソフト『SPEAR』を開発しています。研究とどのような関連があるのですか」。人間の認識への探求とゲーム開発、関連性がつかめないので尋ねた。

「人間の一般的な認識は非常に複雑で、直ぐにはアプローチができないのですが、この点、ゲームでの思考や認識は単純です。一手一手、着実に読んでいくことが、勝利につながっていきます。プロ棋士たちが、どのように考えているのか、コンピュータに取り込ませることは、人間の認識に近づく道だと思っています。なにしろ、ゲームは非常に小さな世界ですので、思考の問題を極めて単純化できるのです」

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 まだまだ聞きたい事は山ほどあるのだが、将棋の普及やISPSのあり方などに話題を移した。

「ISPSの内部的な仕事の内容や細かなところに関しては、あまり知らないのですが、全体として良くやっているのではないでしょうか。中国での将棋人口の大幅な拡大、ヨーロッパやモンゴルなど様々な地域での普及活動。厚みと範囲が拡大されて来ていると思います」

「ヨーロッパの人々は、将棋のどのような点に惹かれて始めようとするのでしょうか。日本文化に対する関心などが、入り口になるのでしょうか」

「それは様々だと思います。文化に対することから、将棋を手にする人もいれば、そうではない人もいると思います。私の場合は、純粋に将棋のゲームとしての優秀性に惹かれました」

「ヨーロッパでの普及については永い期間取り組んでいるのですが、中々、中国のように将棋人口が増えていかないのはなぜだと思いますか」

「それは難しい質問ですね。一つには、漢字についてヨーロッパと中国では親しみに差があるのは確かだと思います。もう一つは、ヨーロッパにはチェスが既にボードゲームとして定着していて、将棋をする人は、将棋を一つのオプションとして捉えている傾向があります」

「戦争を模したゲームであるのに関わらず、死んだ駒が再び相手の駒となって働き出す。これに違和感があるのではないですか」

「それは全くありません。ゲームには様々なものがあり、将棋も、様々なゲームの一つとして捉えています」

 インターネットでの将棋普及に関しても尋ねた。コンピュータの専門家であるから、インターネットでの普及には積極的な賛同が得られるのではないかと思ったのだが、意外な答えが返ってきた。

「将棋は、対人で行うものだと思っています。インターネットでの将棋はあまり好きではありません。普及に関しても、世界各地の遠く離れた人々と対戦できるメリットはあるとしても、各地に「点」を創るのに留まります。先ずは小さな「スノーボール」を創る必要があり、それを回転させるエネルギーを必要とします。ヨーロッパに関して言えば、既に、多くの小さなスノーボールはできているのですが、それが中々回転しないのです。どのようにヨーロッパで回転を引き出したらよいか。原因の究明と方法の確立。それが問題なのです」

 最後に、娘さんの理紗さんに話題を移した。以前、『将棋名人にしたい』という記事を目にしていたので、まだ夢は持ち続けているかどうかを尋ねた。よほど愛しているのだろう。瞬間、真剣な顔が突然崩れ、すっかり父親の顔が現われた。

「棋士は大変な職業だし、とても特殊な職業だと思います。趣味としては素晴らしいのですが、仕事となるると、かなりストレスがたまりそうですね。舞台などに立つような仕事の方がいいのではと今は思っています」

 名人位をとる女性の出現は、しばらく待たなければならないかもしれない。
松岡信行

第2回上海都市交流将棋大会開催(48号、2009年11月22日発行)

 第2回上海都市交流将棋大会が8月5日6日上海銘頓広場酒店[最近出来た五つ星のホテル]で開催されました。小生はISPSの後援を受けて、東京都調布市のチ-ムを率いて参加することになりました。

 上海は来年万博[上海では世博と言っています]を控えて建設ラッシュ、おまけに道路が渋滞続出といった按配で昔どこかの国を思い出します。

2006年の第1回大会は國際と言っても参加は中国以外は日本だけでしたが、今回は、フランス・オランダ・ドイツ・韓国など10カ国以上の参加があった上に、中国国内でも、上海、北京、広州、銀川、仙遊(福建省)など幅広い参加があり、香港も存在感を示していました。日本からは、我々調布市の他に、千葉・埼玉・京都・愛知などの多くの市が参加し、団体戦、個人戦に参加する選手の総数は120~130人に上りました。主催者として上海市体育局などの行政当局が加わり、大会は盛大なものでした。実質的な会場での運営スタッフとして、湯順傑君[昨年の天童で開催された国際大会、段の部優勝者]など若手が許建東先生を支えて立派に働いていました。

 将棋連盟からは大内九段、所司七段に、女流の熊倉初段、渡辺2級が参加され、さらに文化庁からの派遣で長期滞在中の有野六段が加わり、指導対局のメンバ-も豪華になりました。

 調布市チ-ムは友好第一でチ-ム作りをしましたので、初戦から強敵に当たり粉砕されることを懸念していましたが、幸い団体戦参加32チ-ムの中で準々決勝まで勝ち進むことができ、しかも対戦相手は上海の中学チ-ムの他、フランス、オランダ、香港といずれも国際色豊かなチ―ムと対戦することができました。フランスチ-ムは今年から連盟のパリ支部長になったエルワン君が主将となり、副将が歴戦の雄ヌギュエンさんという強力な布陣でしたが、幸い勝つことが出来ました。

オランダは連盟の支部会員が30名以上いて、均衡の取れた実力のあるチ-ムですが、幸いここにも2~1で勝つことが出来ました。

 さて次が準決勝進出をかけて強敵香港チ-ムとの対戦です。主将の梁啓雲さんは中国語で将棋のホ-ムペ-ジを持っているほど熱心な方で、実力も十分です。わが軍は主将、副将ともに敗れ、ここで敗退することになりました。

 大会の結果は優勝が所司先生お膝元の船橋市チ-ム、準優勝が『将棋の里』天童市チ-ムでした。また個人戦は優勝が船橋チ-ムのエ-ス高橋正太郎君で2位はお馴染み上海の張シン君、そして3位がエルワン君、4位にISPSの古い会員である深沢国昭さん[上尾市]がはいりました。

 大会については大内九段が短期間に上海の将棋をここまで立派なものにした許先生はじめ関係の方々の努力を賞賛しておられましたが、中国で本格的な将棋の国際大会が開かれたのは、画期的なことであり正直驚きました。また参加国の中に昨年の天童に来なかったハンガリ-、香港、韓国などが含まれており、とくにアジアを中心にした漢字文化圏における上海将棋の存在は今後更に大きなものになるでしょう。(宇都宮靖彦)

夢から現実へ(48号、2009年11月22日発行)

 日本の将棋を世界中に広めたいと言う夢をもって活動を始めたのは1995年のことで、もう15年も経っています。

 そのころは、将棋を知っている外国人は、ごく少数でした。「世界に広める」などと言えば大風呂敷だと思われていました。

 ところが今、全世界ではかなりの数の人たちが将棋を指しています。上海などでは、学校の正課に取り入れられているところが少なくないと言いますから、自分ではうまく出来なくても、日本の将棋を知っていると言う人を含めれば何十万と言う数になっています。われわれの会が手を差し伸べなくても、どんどん増加しています。特にここ一、二年の間のインターネットの発達とそれに伴って進歩した将棋ソフトの充実によって今では実に多くの人達が、世界で将棋を指すようになったのです。そしてこの傾向はますます盛んになっています。わざわざ中国から小学生を招かなくても、ウクライナへ会員が行かなくても、コンピュータを使って将棋が出来るようになってきました。

 とは言え、世界は広いので、まだ将棋のショの字も知らない国は沢山あります。特に戦争をしている所など、将棋どころではないといった国では、まだ将棋は指せていません。世界中の人が仲良く将棋盤を挟んで将棋を楽しむと言うのは、この先何年か何十年かが必要でしょう。

 又その実力が日本のプロ並みになるのはまだ先のことです。奨励会入会の外国人第一号は中国人だろうといわれていますが、今のところ毎年続けて試験を受けてはいますがまだ受かってはいません。アマ有段者クラスは今でもいるのですが、まだプロの卵もいません。そこまで行かなくてもいいというなら、それでもいいのですが、コンピュータに鍛えられたプロが出来るのも夢ではないかもしれません。大相撲のように外国人力士ばかりが強くなってはどうも面白くないと言った考え方もあるでしょうが、いまのところまだ日本のプロを負かす強い外国人は出そうにありません。

 もつと世の中が進めば日本人とか外国人とか言わずに一つの世界になるかも知れません。

 われわれの会は、これから将棋を覚えようという外国人に手ほどきをするということを中心にこの先もやっていったらよいと思っています。(眞田尚裕)

ISPSインフォメーション(48号、2009年11月22日発行)

* 会員 アンケート結果
 前号、『かけはし』47号で、会員の方々へアンケート求めたところ、大変多くの方々から回答をいただくことができました。集計の一端を掲載し、報告いたします。
 尚、回答数は57でした。

                                                                                                                                                       
 

地域に関すること

 
 

 

 
 

言語に関すること

 
 

 

 
 

言語活用の程度

 
 

 

 
 

言語活用の意欲

 
 

 

 
 

1北海道

 
 

1

 
 

1英語

 
 

30

 
 

5非常に

 
 

5

 
 

A大変に

 
 

21

 
 

2東北

 
 

0

 
 

2中国語

 
 

5

 
 

4良く

 
 

12

 
 

Bまあまあ

 
 

17

 
 

3関東甲信越

 
 

48

 
 

3フランス語

 
 

6

 
 

3普通

 
 

15

 
 

Cあまり

 
 

16

 
 

4中部北陸

 
 

2

 
 

4スペイン語

 
 

5

 
 

2少し

 
 

15

 
 

 

 
 

 

 
 

5関西

 
 

5

 
 

5ロシア語

 
 

2

 
 

1ほとんど

 
 

7

 
 

 

 
 

 

 
 

中国四国

 
 

0

 
 

6ドイツ語

 
 

4

 
 

 

 
 

 

 
 

 

 
 

 

 
 

7九州

 
 

0

 
 

7ポルトガル語

 
 

0

 
 

 

 
 

 

 
 

 

 
 

 

 
 

8外国

 
 

1

 
 

8エスペラント語

 
 

3

 
 

 

 
 

 

 
 

 

 
 

 

 
 

9その他

 
 

0

 
 

 

 

 

 元々、ISPSの会員には、関東地方の方が多く、次いで関西の方が多いことから、回答全体は、ISPSの人員構成の実態を示していると考えてよいと思われます。言語に関しては、会員の多くの方が、一般の集団に比べ、非常に語学が堪能である方が多く、使用の意欲も高いことが分かります。表全体は、複数回答を可としていますので、言語に関しては四カ国の言葉に触れられた方も、また、無答の方もいました。全体としては、英語を使用される方が多いのですが、使用可能な言語は多方面に亘り、世界人口のほとんどをカバーできる可能性を示しています。あと、ポルトガル語ができる人が何人か入ってくれると、言語の種類としては、世界中に発信できる体制を整えることも可能かと思われます。また、エスペラント語に非常に堪能な方もおられることに驚きました。

 語学の能力ですが、自己申告ですので、非常に答えにくかったのではなかったかと思います。申し訳ありませんでした。ですが、お蔭様で、全体としては実態を捉えることができたのではないかと思われます。

 全体を通しますと、語学に堪能な方が会員には相当沢山おられることが分かりました。知人の答えから判断しますと、私からは、ほぼ完璧に話すことができると思われる方でも、4と答えられたり、3と答えられたりしています。おそらくは多くの方が相当な高いレベルで自己の能力を判断されていることからの結果ではないでしょうか。言語活用の意欲が、言語活用の程度を遥かに上回っていることからも伺えます。ISPSが、海外に多くの発信を意図する中、非常に頼もしい結果が得られました。

 次の表には、インターネットに関することと、地域活動に関することを載せてあります。こちらはそれぞれ母数が異なり、個々の人数では判りづらくなりますので、%で表示しました。

                                                                                                           
 

インターネットに関すること

 
 

 

 
 

意欲

 
 

 

 
 

 

 
 

地域の活動に関すること

 
 

 

 
 

意欲

 
 

 

 
 

大変良くできる

 
 

9.6

 
 

A大変に

 
 

16.2

 
 

 

 
 

大変意欲がある

 
 

9.1

 
 

A大変に

 
 

11.8

 
 

良く

 
 

10.6

 
 

Bまあまあ

 
 

29.4

 
 

 

 
 

意欲がある

 
 

6.1

 
 

Bまあまあ

 
 

44.1

 
 

普通程度

 
 

21.2

 
 

Cあまり

 
 

54.4

 
 

 

 
 

普通程度

 
 

36.4

 
 

Cあまり

 
 

44.1

 
 

少し

 
 

16.3

 
 

 

 
 

 

 
 

 

 
 

少し

 
 

36.4

 
 

 

 
 

 

 
 

ほとんど

 
 

42.3

 
 

 

 
 

 

 
 

 

 
 

ほとんど

 
 

12.1

 
 

 

 
 

 

 

 インターネットに関しては、語学に比べ、技術力も意欲も著しく低下しています。ですが、会員の2割程度の方は、相当なレベルを有していることが分かりましたので、もし、力が結集されるならば、現在の数倍から十数倍の発信能力を発揮できるのではないかと思われます。

 地域活動に関する面は、全体的には割合が低いものの、地域でのISPSとしての普及活動をしたいと思っている方が、15%ほどおられることが分かります。おそらくは、普及活動については様々なイメージがあることでしょうから、色々お聞きしながら、ISPSの活動方針と重ねて行きたいと思います。

 実は、アンケートを出すに当たり、どれほどの回答が得られるかは非常に不安でした。20通を下回った場合の対応法に思い悩んでいたのです。ところが、蓋をあけてみると会員の1/3にも達する回答が寄せられ、反響の大きさに驚いています。いかに多くの会員の方々が、ISPSの活動に関心を持たれ、意見の発信、自分の能力の活用を念じられているかが、ひしひしと伝わって来ました。葉書に、通信欄を設けましたが、空欄は、僅かに4通のみです。今まで、様々なところでアンケート調査を行って来ましたが、全く前例のないことでした。どれほど皆様の熱意に答え得るかわかりませんが、チームや組織の構築などを通して、各国語の翻訳、様々な情報の収集や発信、関係諸国との人的な交流などを推進していければと思っています。尚、まだアンケートの返信葉書をお持ちの方がおられましたら、年内は受け付けますので、松岡宛にお送り下さい。お待ちしています。

* 王座戦 英語による初のタイトル戦ネット中継が実現! 当会の寺尾理事が英訳を担当

 日本将棋連盟の「ネット委員会」?という委員会(渡辺竜王、片上六段、遠山四段、などの若手棋士、将棋倶楽部24の久米さん、将棋連盟のインターネットに強い職員で構成)が、今回の王座戦より「自宅解説者制度」(タイトル戦のネット中継時に、プロ棋士が現地に行かずに、自宅で指し手をネットで見てその解説をする仕組み)が導入されたのに派生して、片上六段から寺尾理事に「英語の中継をやってみませんか」という電話があり、実験的に行ったものです。英訳は、日本語の中継画面のコメントから手の解説の部分のほとんどを寺尾理事が英訳しました。

 片上六段とは、中国語で同様なことをする可能性についても話しており、日本語から中国語にする人が居れば、原則的にできないことはないという答えをもらっています。現状、日本以外で最も将棋人口が桁違いに多いのは中国。本来このようなことは中国語が先に行われるべきだったかもしれません。本件については、ネット委員である片上六段、遠山四段が既にブログを書かれているので参考にして欲しいと思います。    http://chama258.seesaa.net/article/127586348.html

 尚、寺尾理事は本年度の竜王戦第一局の英語解説も行っています。

* ISPS記念行事に向けての準備開始

 来年、2010年は、ISPSがNPO法人として認証されてから、10年。発足から15年。区切りの年に当たります。現在、理事会では、2010年の10月9日(土)に記念行事を開催することを決定し、記念行事の規模・内容・人選・会場等の検討に入り、着々と準備を進めています。来年3月の総会には、概要が示されることになりますので、総会に多くの方々の参加をお願いします。多くのご意見をいただき、素晴らしい行事としたいと思います。

 また、この『かけはし』も来年中には、50号の発行を迎えます。50号は記念行事にあわせ、「記念号」として発行する方向で検討に入りました。記念号にふさわしい資料・写真・エピソードなどをお持ちの方は、事務局までご連絡下さい。

世界の将棋情報アラカルト(48号、2009年11月22日発行)

* アジア国際学生将棋交流会企画(Asian Intercultural Shogi Exchange Program) 実施される
 去る7月27日から7月30日に亘り、東京都内において標記の会が実施された。参加者、北京大学生4名、マレーシア人1 名、日本人2 名の計7名と、運営スタッフ8名の合計15名で活動。スタッフは笠井友貴(本企画代表、東京大学4年)、牧野満理瑛(東京大学修士2年)、中村太地(早稲田大学3年、プロ棋士)、澤田萌(東京大学修士1年)、細川陽(中央大学4年)、鈴木渉(早稲田大学1年)、丸山敏司(早稲田大学1年)、刀禰亮哉(麻布高校1年)。

 過去二回に渡り、「議論によって交流を図る」というコンセプトの下で執り行われてきましたが、「コンセプトがわかりづらい、対局も含めてはどうか」との話しが各所からあり、今回はシャンチー(中国将棋)と日本将棋に焦点を当てて各将棋の歴史、文化的背景を掘り下げるばかりでなく、対局をすることでより密な交流を図った。4日間の中で、①将棋連盟を訪問しプロ棋士の公式戦を見学。将棋の中に息づく日本の文化や美意識を感じる。②羽生善治名人、米長邦雄将棋連盟会長、所司和晴七段を招き話し合いを持つと同時に、羽生名人との交流セッションを行い、将棋関係者だけでなく一般の学生たちにも広く募り、東京大学で約40 名が羽生名人との交流をおこなった。③参加者で日本将棋と中国将棋の「歴史・文化・教育・社会」的背景に関する議論を積み重ね、羽生名人が「中国将棋を参考にして日本将棋の普及に際しての提案」という形で提言。リアルタイムウェブ中継した所、アクセス数は1000 以上になった。また、ネットだけでなく、NHK の「囲碁・将棋ジャーナル」での放映や、東京大学新聞の一面、週刊将棋での特集、長崎新聞などに掲載され、成果が伝えられた。(『企画概要』より抜粋して要約)

*米国十代の若者 "The 81 Square Universe“ 立ち上げる
 当会会員の HIDETCHI さんが次々と英語で将棋のビデオを作ってYouTube に発表しているのを既にメールマガジンや、「かけはし」でお伝えしているので、ご存知の方が多いと思います。HIDETCHIさんのビデオを見て将棋を覚えた、また、好きになったという米国の十代の若者二人が英語の将棋フォーラムを立ち上げました。名前は"The 81 Square Universe" 。「81マスの宇宙」です。夢のある名前ですね。是非ご覧ください。    http://forum.81squareuniverse.com/

* 羽生名人が在日本ベルギー公使と二枚落ちの対局
 当会、山田彰理事のsalamancasouryuの日記で、羽生名人が在日本ベルギー公使と二枚落ちの将棋を公使邸で指された様子などが書かれています。
http://d.hatena.ne.jp/salamancasouryu/20090929/1254235407

「ベルギーの公使は、チェスを教えているピノーさん(本会理事)の紹介で羽生名人と知り合ったようです。ベルギーの公使は、また腕を上げたようで、羽生名人と二枚落で対局したのですが、結果は1勝1敗でした。名人も公使の実力に感心していたようです。二人が将棋を指している横で、外国の招待客に私が将棋の説明をしました」

* fukuharaさんが、Brainkingの将棋トーナメントで優勝
チェコの多言語ゲームサイトのBrainkingのトップページなどの日本語化を完成させたfukuharaさんが初めて将棋のトーナメントで優勝しました。
http://brainking.jp/jp/Tournaments?tri=421533

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