北京滞在日記(9号、1998.12.31)
去年北京少年宮の子供達を日本に招待した時から、こちらからの北京訪問が懸案事項だった。少年宮という制度にも興味があったし、そこでの将棋教室の様子も見たかった。短い時間とはいえ、日本で積んだ研修がどのように実を結んだかも確認しておきたかった。(山田禎一)
去年北京少年宮の子供達を日本に招待した時から、こちらからの北京訪問が懸案事項だった。少年宮という制度にも興味があったし、そこでの将棋教室の様子も見たかった。短い時間とはいえ、日本で積んだ研修がどのように実を結んだかも確認しておきたかった。(山田禎一)
私は青年海外協力隊員として西サモアで数学教師をしております清水と申します。西サモアという国は南太平洋に浮かぶ島国で、人口は約17万人の大変小さな国です。豊かな自然に囲まれ人々はみな素朴で大変良い国です。私はこの国で毎週土曜日に将棋の指導をしております。毎週2人の小学生の兄弟と数名の協力隊員で楽しく将棋を指しております。小学生の兄弟は日本人とサモア人のハーフです。父親(サモア人)も将棋を覚えて、家庭でもよく将棋を指して楽しんでいるようです。以前から家庭でチェスをやっていたせいか、将棋の覚えも大変早く、驚いています。(清水幹雄)
「日本将棋のどこが面白いのか」
「取った駒が、そのままのグレード(階級)で使える事。それにプロモーション(成駒)だ。チェスより、かなり複雑だ。」
「メンバーにはチェスをやっていた者が多いのか。」
「全員がそうだ。それより一つ教えて欲しい。取った駒が再使用出来るのは日本将棋だけだが、どうして、そのようなルールになったのか。」
(東京新聞編集委員 林茂雄(現名古屋外国語大学教授 - Webmaster 註))
ジョン・ホール先生
最近、海外での将棋の普及は目覚しい。5、6年前より竜王戦の初戦が必ず海外で行われていることが、将棋の普及に大変役立っていることは間違いない。フランスでも10年以上前から将棋クラブが結成され、すでにフランス語の機関紙が発行されている。(鈴木 良尚)
相撲と将棋
私は将棋以外にも日本の伝統スポーツである相撲に興味があります。茨城県在住なので当然
武双山に注目していますが、皆さんがこの記事を読む頃には魁皇が大関に昇進して、二子山勢
の独走を打破してくれると期待しています。(Reijer Grimbergen ライエル グリンベルゲン)
〜1996年9月6日〜
銅鑼灣(トンローワン;コーズウェイベイ)は香港島最大の繁華街といわれています。ここにはそごう、三越、大丸、松坂屋と日系のデパートも軒を連ねており、さすがにこの狭い国(?)に2万人からの日本人が暮らしているというだけのことはあります。その一角の瀟洒なビルの高層階に立派な日本人クラブがあり、香港将棋クラブもここの一室を会場に盛んに活動されています。(藤本信義)
ベルギーで将棋再発見
92年の秋頃のこと、当時私は三和銀行のブラッセル支店に勤務していた。仕事も結構立て込んでおり将棋とは無縁の生活を送っていたが、あるとき同じ業界の関係から知遇を得た東洋信託銀行現地法人の田部井社長や東海銀行の大久保所長と将棋の話になり一番指してみようかということになった。実際にやってみるといい勝負で結構楽しめたのだが、そうした関わりの中で、「ベルギー人にも将棋愛好家がおり日本人と手合わせを希望している。日本人有志で週一回ベルギー人の例会に加わることにしたのでついては参加しないか」というお誘いがきた。毎回日本人参加メンバーには若干の移動があるようで、トーメンなど商社やメーカーの方も混じっているとのことであった。(海宝明)
将棋の面白さ
私にとって「将棋」という文字は、子供の時から日本の「しょうぎ」と韓国の「チャンギ」の両方を表す漢字でした。((社)韓国将棋(チャンギ)協会 東京支部長 宋 正彬 webmaster 註:役職は現在のもの、また、(社)は日本のものではなく韓国内の社団法人)
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EXTENDED BODY:
どちらがより好きかというよりも、両者の違いを理解・発見することで、その面白みが平行
したり、交わったりする魅力があります。しょうぎとチャンギは、ルールは違いますが、共通
する面もあります。自作の2つの図を御覧ください。
(しょうぎの図:▲4一飛成△同銀▲6二金まで。チャンギの図:81漢車51打士将 41楚将51打車 1漢車31打士将 まで)
これらから私が感じるのは両者の詰め上りまでの手筋の類似性と相違性の不思議な魅力、「似ているようで違うようで、しかし、両方ともなんとまー面白いことぞ。」ということなのです。そしてそれは、例えばつりやサッカーの面白みを追求していった人々の言う面白さと、同じ意味なわけです。逆に、受け入れを拒絶している人に「ねー、面白いからしょうぎやろうよー、とってもすばらしい遊びなんだよー」と迫っても、普及どころか、その人を尊重していない失礼な押し付け、迷惑にしかなりません。
普及の心
チェス、中国象棋、タイのマックルック、ミャンマーのシベイン、インドのシャトランジなどなど、今日も誰かが駒を動かして楽しんでいるだろう、その中には私の知らない面白いこともたくさんあるだろう、しかし私も今チャンギとしょうぎに熱中しているし、私のたくさんの友もそれぞれの現実をがんばって生きている、このことをいつも自覚し大切な心の支えとする。これが私の思うところの普及の心です。これさえ忘れねば、小さなトラブルはすぐに解消します。
いくら熱心に「しようぎもチャンギ同様、あるいはそれ以上に面白いかもしれませんよー。なんつったって敵の駒取ったらまた使えるんですぜー、やりましょ、やりましょ。」と誘っても、「ウーム、とりあえずサッカー見てからな。」なんて言われたら仕方がありません。これはお誘いするタイミングの悪さだけのことなので、その日のテレビ番組をチェックしていれば避けられたし、時間をずらせば何の問題もないことでした。そして、一緒にサッカーの中継に夢中になって過ごすのだってやはり面白いことなのです。
素直な気持ちで
要するに、相手を理解する努力をした上で、何かの遊びの面白みを追求している人同士なら、興味を持って理解しあえるし、逆に教わることもたくさんあると信じることが、出会いから友へのステップになって行くと私は思います。
互いの歩調が合わないことが、ややもすると誤解やすれ違いを生みがちですが、ここら辺は異国の人同士によくあるナイーブなしんどい部分で、多少は仕方のないところであります。そしてそれが単なる習慣の相違から始まって、相互の国の人々の背景や関係という大きな捉え方へと拡大することもよくあることです。
しかし「遊ぶ時には楽しさを一緒に追求することに集中して、遊ぶのだー、じゃないと互いの人生の時間とこの出会いがもったいないぞー」と素直に考えて、互いが必要以上に意識せずに出会えた時に、日本でのチャンギも、韓国でのしょうぎも、新しい友を作る道具となると確信します。振り返ってみれば、多くの私の良き「将棋」の友は、すべて最初はこのような出会いでしたし、一人残らず忘れられない人々です。
最後に、しょうぎの海外普及を熱心になさっている方々のお話を『かけはし』で知ること
はとても良い勉強となりますことを感謝し、これからもいろいろなアドバイスなど頂きたく存じます。そして時には、チャンギもやりましょう、ねー、ねー。
(社)韓国将棋(チャンギ)協会 東京支部
〒166-0004 東京都 杉並区 阿佐谷南 3-38-30 ℡&Fax 03-3220-5450
意見はさまざま
私が日本に来てから今日までの半年ちょっとの間に、英語で棋譜をどのように表すべきか、何人もの人と多くの議論を(時には過熱気味に)繰り返してきました。外国の将棋ファンに棋譜や将棋の本を簡単に読んでもらえるようにするためには漢字を使わない表記法が必要だという点は一致してますが、具体的にどのように書くべきかということになると人によって意見がさまざまです。ここではこのような論争には踏み込みません。私の立場は一貫して「現実第一主義」です。重要なことは、棋譜がどうあるべきか、ではなくてどうすれば多くの人に理解してもらえるか、です。(ライエル グリンベルゲン Reijer Grimbergen)
燃える東海岸
ニューヨーク(以下NY)、ワシントンDC(以下DC)、フロリダと言うとアメリカ東海岸の有名都市ですが、これらは将棋が強いプレイヤーが揃っている都市でもあります。(編集長 山田禎一)
忘れえぬ局面
後手:藤本信義
先手:Mr.Jeff Mollett
33手目 先手8六歩まで

「ううむ、これは困ったことになったぞ。」図の局面を前に、私は考え込んでしまいました。
(宇宙開発事業団 藤本信義)
翻訳の難しさ 本格的に外国語を習ってみると、翻訳という作業の難しさというものが誰にでも理解できるでしょう。二つの言語それぞれの単語と文法を知ることは作業のほんの一歩にすぎません。何世紀にも渡る文化がそれぞれの言葉の中に独特の言い回しを数多く生んでいますので、ある言語に特徴的な単語は他の言語では全く意味を持たないということがよく起きるのです。例えば、エスキモーの言葉では雪を意味する単語が20以上もあります。これをアフリカの言葉に訳すとき、一体どうすれば訳し分けられるかを考えてみてください。(Reijer Grimbergen, 山田禎一訳)
中国での将棋の普及については、将棋連盟の所司六段が三年ほど前より何回も中国に出掛けてたいへん努力されていますが、去年の竜王戦が北京で行われたことや、今年の五月に真田五段も中国を訪問されたこと等で、今や急速に将棋熱が高まってきたと言えます。(鈴木良尚)
今年の5月、休暇を取って個人旅行でアメリカに行って来ました。2週間という短めの間にアトランタ、ワシントンDC、シンシナティの3ヶ所を廻り、現地の方と将棋を指して来ました。もちろん、日本将棋です。(山田禎一)
私が将棋の海外交流をしたのは3年前の4月からです。その時は北京で行われた中国象棋(シャンチー)の世界選手権に出場し、その後ハルピンに行き北京に戻りと3週間近く交流をしました。
このときの詳しい内容は将棋マガジンの93年7〜9月号に中国訪問記として原稿を書きました。
(所司和晴)
イギリス人が組織を作った
昔から西洋で盛んに行なわれている西洋将棋、いわゆるチェスは既に世界各国に普及され、アメリカ対ロシアというような世界選手権が争われている事は、皆様既にご承知かと思います。あの有名なデンマークの童話作家、アンデルセンも、チェスで世界選手権を取ったことがあります。(鈴木良尚)
一貫して将棋部に
4歳のころに将棋を覚えて、中学、高校、大学と将棋部に入って将棋を指し続けてきた。
外務省に入って、スペイン語を勉強することになり、1982年の夏からスペインのサラマンカという古い大学町に2年間語学研修のために留学した。今では多くの日本人が留学や短期の語学研修のためにサラマンカを訪れるが、当時はまだまだ日本人の数は少ない。町行く子供達は日本人と中国人の区別がつかず、「チーノ、チーノ(中国人)」と呼びかけられる。日本から毎月2冊送られてくる将棋雑誌だけが将棋との接点であった。(外務省経済協力局 山田彰)
1995年2月、「週刊将棋」に記事が出ました。一人で日本の将棋を世界中に広める事を夢みている者がいる、というかなり大きなスペースの記事でした。その反響は予想以上でした。「同じ思いを持っているので一緒にやりたい」「遠くにいるので参加できないが、大変良いことなので頑張ってほしい」等々。(将棋を世界に広める会 代表眞田尚弘)
1995年5月には経験識見共に優れた8人のメンバーが集まって下さって第1回会合が開かれました。当初は日本の将棋がどれぐらい世界に普及しているかの調査などから始めました。毎月仲間は着実に増え、このたび会報を発行して、広く一般に会の存在と活動とをお知らせする事となりました。今後の会の発展にご期待下さい。
世界にはチェスを筆頭に中国象棋その他将棋によく似たゲームが沢山あります。祖先は一つだったのだろうと言われています。その中で日本の将棋だけが取った相手の駒を自分の駒として使うというルールを持っています。この為にゲームとしても複雑さと面白さが加わったのです。この日本独特の将棋を世界中の人たちに覚えてもらって楽しんでもらおうというのが「将棋を世界に広める会」の目的です。言葉は通じなくても、将棋ができれば心は通じます。
将棋が世界中に普及し、それによって世界中の人と心が通じ合う日を夢みています。
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